りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。視触診だけで簡単に下された診断。そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。“良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

2016年01月

やっと、母がいないことに慣れ...

気がつけば、
母が亡くなって半年が過ぎていた

ようやく母がいないことにも慣れてきた

が、未だに街で背格好の似た人を見かけると
「母だ!!」と思うことがある


“母がいないことが当たり前”になるには
まだ少し、時間が必要かもしれない

が、記憶は確実に、
遠い過去へと置き去りにされている



母が亡くなって、

わからないことが出てきて、

でも、母はいなくて、

聞きたくても聞けなくて、


こんな時、母はどうしていたんだろう...

これ、どうしたらいいんだろう...

と、思った


でも、母はいなくて、

聞きたくても聞けなくて、


でも、母はもういないから、

勝手に対応してもいいはずなのに、

母の意見を得なきゃいけない気がして...


「そうだ、母はもういないんだ...」

もう二度と、ここには戻って来ない――


そう、母はもう「いない

二度とここへは現れない


声を聞くことも、

顔を見ることも、

温もりを感じることも、

もうできない


遠い遠いあの空の向こうで、

母は今頃、何をしているのだろう......



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≪私の記録 19≫ 遺される人への想い。がんへの思い。

    2006年12月4日(月)

彼がいつも傍にいてくれるだろうから、心強い

でも、愛する人が...家族を含め、
愛する人がいるって、死ぬ時、悲しい

遺された人のこと考えたら、切ない

悲しすぎる...


人は、ほとんどが不慮の事故か病気で死ぬんだよね?

だから、“がん”だと言われても、
がんの人っていっぱいいるだろうから、
気にすることないよね?

自分だけが特別じゃないよね?


でも、やっぱり、怖い...

あちこち転移してたらどうしよう...

それこそ、余命、短いよね...

医院の先生は深刻ではなかったけど、
実際に検査してみなければ
詳しいことはわからないだろうし...

「私が傷つかないように
 あんなふうに言ってくれたのかな...」

とも思う


早期なら、こんなに悩まない

5年近く経っていることが怖い...


子どもが産めないかもしれないことは、
まだ母には言ってない

これ以上、心配かけられないから言えない

でも、昨日はたまたま母が出かけたので
話すきっかけがなかった

母が出かけなかったら、
もしかしたら言っていたかもしれない


考えれば考えるほど悔しい
怒りにも似た感情が湧いてくる

5年前にみつけてるのに...

自分の命なのに...


“早期発見・早期治療”とよくいうけれど、

これじゃあ、医者にかかった意味、全くないじゃん!!

本当に悔しい......


時間が止まってほしい......


『おっぱいも切らないで、命も助かって――』

なんて、わがまま望んじゃ、いけませんか...?



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患者も主治医に気を遣う

大きな病院は、何かと医師が入れ替わる

私も、治療5年終了直前で、
今の主治医に変わった

今の主治医とはもう4年半になるが、
担当になったのはほぼ治療が終了した頃

なので4年半の間に診察を受けたのは、
ほんの10回ほどだろうか


主治医が変わるのは、
患者にとってはとても大きい

私は1度しか変わっていないが、
科によっては、
5年未満の間で3度変わっている人もいる
 (中には、「変わってよかった...」
  なんて人もいるようだが...)

がんの治療は、長くかかることが多い

途中で主治医がいなくなってしまうと、
なんだか見捨てられような、
なんとも哀しい気持ちになってしまう
 (もちろん、
  “見捨てる”なんてことはないのだが...)


これまで主治医とたくさん話し合って
ここまで進んできたことは、
私たち患者にとっては
築き上げた絆であり、信頼でもある

新しい主治医は、
カルテで病状を判断することはできるかもしれない

が、今日までの細かな経緯ややり取りまでは、
きっとわからないのだと思う
 (医師にとっては、
  “カルテがすべて”なのかな...)

そして患者は
主治医が変わるごとに医師の反応を伺い、
その医師とのつきあい方を模索するのである


がんサロンでも話題に上ることの多い、
主治医が変わることへの様々な想い

病院、としては仕方のないことなのだろうが――


昨日の病院の帰り道

帰りが遅くなったため、
夕飯は湯豆腐にすることに...
 (これだけ冷え込みが続いているし)

買い物ついでに、つい、ケーキを衝動買い

      昨日の病院帰りのケーキ

まだ検査も受けていないというのに、
早くも“異常なし”という、
合格通知をいただいたような錯覚で――



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外科外来 ~採血・検査予約~

今朝も冷え込んだ
-23℃

さすがに-23℃が2日続くと、
窓という窓すべてが凍りついている

            凍てつく窓


そして今日は、1年振りの外科外来

正直、手術から9年も経つと、
病院に行くのがちょっと面倒になってくる

「もういいかな...」

なんて思いが出てくる

本当はまだまだ安心しちゃ、いけないのに

検査、しなきゃしないで、不安になるクセに


主治医と少し話をしたあと、
看護師さんと検査の予約を入れる

年に1度の検査は、
採血、骨シンチ、CT、マンモグラフィとエコー検査だ

これまでは、外来日に採血

後日、骨シンチとマンモグラフィとCT

さらに後日、おっぱいのエコー検査と
これまでの検査の結果を聞く――

だった

が、今回は、採血は外来日で同じ

後日、骨シンチとCT

さらに後日、マンモグラフィとエコー、
そして、検査の結果になった

CTとマンモグラフィが離されたのは、
やはり、被曝のことを考えてのことなのだろうか

いくら“微量”とはいえ、X線を2つも受けることに
少なからず抵抗感は持っていた

...が、

マンモグラフィが後に回されたことで、
また、生理前の、
おっぱいが張って痛みのある時期に
当たってしまいそうなのだ...


...ということで、今日の検査は採血のみ

針を刺す前の消毒で、看護師さんに、

「消毒は、こちらを使いますね」と、
アルコールではない消毒を差し出された

そういえば、2年ほど前から
「アルコールで拭いてもかぶれとか大丈夫ですか?」
と、聞かれるようになっていた

その都度、
「ダメです」と答えていたのだが、

今回から私がアルコールに反応することが、
データに載せてあるらしい

ちょっと感動...


  この病院に来ると、
  いつも、なんとなく周りを意識してしまう

  それは、この病院はきっと、
  大きな病気をしている人がほとんどだから

  その中でもきっと、
  がんの患者さんが多いから

  いつも、とっても複雑は気持ちで、
  私は受付を済ませ、待合室にいる

  そして複雑な気持ちで診察室に入り、
  複雑な気持ちで精算を済ませる


何度受けても、
やっぱり検査は嫌なものだなぁ...

それは、検査自体も、
結果を聞くことも――



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≪私の記録 18≫ “子どもが産めなくなる”という現実

    2006年12月2日(土)

彼がネットで乳がんについて調べてくれた

が、あまりの情報量の多さに、
何を参考にすればいいのかわからなかったらしい

いくつかプリントアウトして持ってきてくれたのだが、
それによると、
抗がん剤を使うと子供ができなくなるらしい

『そっか......』

やっぱり彼とは別れなければならない

今なら、彼も,
ほかの女性と結婚をして
子どもをつくることができる

私がこんな身体になってしまったら、
彼だけじゃなく、
彼のお父さんとお母さんにも申し訳ない

何より、彼のお父さんが跡取りを望んでいる

『せっかく半年前に
 子どもを産むために子宮筋腫を取ったのに、
 結局、意味のない手術だったのかな......』


彼はネットで調べた情報を
すべて私に見せるべきかどうか、
実は迷ったらしい

なぜなら、
内容の後半はかなり残酷なもので、
死に至るまで記されていたからだ

「でも、病気と正面から立ち向かっていくためにも、
 事実を知らせた方がいい」

と、判断し、隠さず教えてくれた

でも、ものは考えようで、
普通の人は自分がいつ死ぬのかわからない訳で、
私の場合、それがわかっただけのこと

逆にいうと、
これからやるべき事とやらなくてもいい事の
判断かつく...

...なんて考えてみたり...


1人でいると、不安と恐怖で押し潰されそうだ


結婚も...

出産も...

何もかも、
これからだったのに......


でも、1年や2年じゃ、私、死なないよね?


今のうちに卵子を採っておいて...

というのは、どうだろう

でも私が死んじゃったら
子どもは彼が育てていかなきゃならない

そんな大変な思いはさせられないか...



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りかこプロフィール

 
■2009年5月より
医療機関開催『がんサロン』発行による『がんサロン通信』にて、体験記・エッセイ執筆
(■2026年2月よりピアサポーターとして『ピアサポーター通信』を新たに執筆開始)

■2010年9月
市広報にて体験記掲載

■2011年8月31日
乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍自費出版

■2012年1月21日
講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』

■2012年4月5日
FMオホーツク『乳がんについて』FPとの対談

■2012年4月
キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載

■2013年6月より
医療サイト『ドクターズガイド』、ブログ掲載

■2016年9月14日
フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送

■2020年3月
一般社団法人全国がん患者団体連合会『がん教育外部講師講座』修了(北海道教育委員会にがん教育外部講師として登録)

■2021年10月
『がん予防功労者表彰』(道・市・健康づくり財団・対がん協会4社共催)

■2023年5月
北海道がん患者連合会『がん教育講師派遣養成研修会』終了

■2025年10月
北海道医療ソーシャルワーカー協会主催『がんピアサポーター養成研修会』受講終了

■その他
講演、ピンクリボン運動、ピアサポーターとして活動中

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■国家資格
1994年10月、調理師免許取得(食と健康を考える乳がん経験者)

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■2024年より
子ども虐待防止『オレンジリボン運動』サポーター

■2024年10月
市民観光アンバサダー就任

乳がん履歴
■2002年3月3日(日)
 左乳房にしこりをみつける  

■2002年3月4日(月)
 視触診の結果“良性”と診断

■2006年11月8日(水)
 左乳房のしこり再受診  

■2006年11月15日(水)
 左乳房のしこり一部切除
  (外科的生検)

■2006年11月28日(火)
 乳がん告知      

■2007年1月11日(木)
 左乳がん手術

■2008年7月8日(火)
 局所再発の疑いで、
 細胞診・組織診(結果は良性)

■2009年2月17日(火)
 対側(右)乳がんの疑い
 (前年からしこりあり)経過観察

■2010年2月16日(火)
 右乳房細胞診(結果は良性)
手術・治療の経緯
■がん細胞の種類(しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)
  (化学療法・放射線が効かない稀ながん細胞)
 ・非浸潤性乳管がん

 ・核グレード 2
 ・ER  90%
 ・PgR 10%
 ・HER2(-)

■術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・乳房扇状部分切除(4分の1強切除)

■治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤、
  4週間毎、2年間(25回)投与
 ・抗エストロゲン剤(クエン酸タモキシフェン)、
  5年服用
その他の病歴
■2006年5月
 子宮筋腫(漿膜下筋腫)核出術(10㎝の開腹手術)
  ・10cmの筋腫   1個
  ・8cmの筋腫   1個
  ・2~3cmの筋腫  4個

■2023年7月18日
 ・臼蓋形成不全発覚(先天性)
 ・変形性股関節症に進行(両足)

■2024年10月
 骨粗鬆症判明

■2025年10月12日
 突発性難聴発症(左耳)
母の甲状腺がん(乳頭がん・転移性がん)
■2006年11月(私の乳がん告知の約2週間前)
 甲状腺がん告知

■2007年1月(私の乳がん手術の2週間後)
 甲状腺摘出手術・頸部リンパ節郭清

■2007年5月
 術後療法(RI治療・1回)
  通常2~3回の治療が必要なところ、
  1回の治療で身体の中にがんがないことが
  確認される

■2009年5月
 頸部再発
 (切除手術後、放射線治療を受ける)

■2012年5月
 肺転移確認

■2015年5月
 小脳転移確認

■2015年7月18日
 永眠

  ※遠隔転移後の治療法・治療薬なし
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≪2015年9月2日より、コメント欄を閉鎖させていただいております≫

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