りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。視触診だけで簡単に下された診断。そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。“良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

2016年06月

きっと、“万全”なんて、ないんだろうな...

  朝から断続的に降り続く雨

  時折、激しく音を立てている

  身体が冷え切るほど冷たい雨だ

  暖房が恋しい...



前日まではどこも痛まず、健康体そのもの

なのに、乳がんの手術をしなければならない

どこか痛むとか、苦しいとか、
そんな症状があれば、

「早く手術をして楽になりたい」とも思えるだろう

が、無症状で手術に挑むのは...

しかも、腕に障がいが残ったり、
女性の大切な乳房を切る手術

“治療のため”とはいえ、
“治るための手術”というには若干の無理がある

そして、術後療法では副作用にも見舞われる

手術の日から、身体は一変する訳だ

これまでの体調は、もう二度と戻っては来ない


そんな日々が9年半――


こんな日は、

「きっともう、“体調が万全”なんて、
 あり得ないんだろうな...」

という思いに陥る

この9年間で、
一体、何時間体調がよかっただろう

そしてこれからも体調のよい時間が
どれくらいあるのだろう


とりあえず、今、この時を、
乗り切りたいものである――



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浮腫みの前兆

おとついの朝から体調が優れない

外は涼しく、
家の中は暑いという気温差のせいだろうか

それとも、
長い間続いている曇天のせいだろうか

2日間、なんとか踏ん張ってきたが、
さすがに3日目ともなるとしんどさが募る


私の周りで、残念ながら、
3人の方がリンパ浮腫になってしまった

その兆候なのか、
たまに現れる症状がある

今日もそんな状態になった

それは、手術をした側の腕全体が、
重く、怠く、痛くなるのだ

そして、腕のつけ根から指の先まで、
まるで腕の中に微炭酸飲料が流れているかの如く、
シュワシュワとした感覚に陥る

“痺れ”のようなものなのだろうか

「これが、浮腫みの前兆なのかな...」


“リンパ浮腫になる前触れ”って、
何かあるのだろうか

気がついたら太くなっているのだろうか

今度サロンで会った時、聞いてみよう


まずは、日頃のチェックだ

毎日のシャワーや着替えの時、
しっかり確認をして、
小さな異変も見逃さないようにしなければ...

もちろん、気になった時はセルフマッサージ

そして、日々の生活にも気をつけて――



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≪私の記録 84≫ 術後の気持ち

    2007年3月12日(月)

退院前日の主治医からの説明では、

「悪い要素がない。
 “完治”と言っていいかもしれない」

そう言われ、その時は単純に嬉しかった

「よかった、よかった」と、
平安な日常に戻れると思っていた

なのに、実際は、こんなにも苦しいなんて...


これからも
検査は続けていかなければならない

再発のことも、頭の中いっぱいだ

主治医の言っていた“完治”なんて、
一体どこにあるのか...


今まで、人とのつきあいが苦手だった

これから新しい職場になったら、
病気の後ろめたさから、
さらに人との距離を置いてしまいそうだ

「早く仕事をしなきゃ...」、焦る一方で、
自分が仕事をしている姿がイメージできない

こんなに元気ないのに...
身体も動かないのに...

仕事なんてできないよ

外に出る勇気も、
自信も、

全くない


今、つらいのは、人に会うこと

病気のことを知っている人には、
『そういう目で見られているんだ...』

と、思い、

知らない人に対しては、
『何も知らないクセに、勝手なこと言わないでよ』

と思ってしまう

ほんと、私って、ひねくれてる



    2007年3月13日(火)

“がん”だとわかって、
つらいのは自分だけだと思っていた

手術をして痛い思いをするのは私...
治療でつらい思いをするのは私...
命を削られているのは私...

そう思っていた

周りもつらい思いをしていることに
気づいていなかった


でもそんなこと、考える余裕なんてなかった

自分のことで、いっぱいいっぱいだった


自分の死と、遺された人の想い...

色々と考えさせられることが多すぎる



    2007年3月15日(木)

途轍もなく淋しくて、
一人でいると気が狂いそうになる

「助けて!!」

と、心が叫んでる

どうしたらいいのかわからない


つらい...

ただ、ひたすら、つらい



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≪私の記録 83≫ 進歩する乳がん治療 ~喜びと羨望が交錯する、複雑な感情~

    2007年3月11日(日)

昨日の夜遅く、携帯の着信が鳴った

以前から仕事でお世話になっている方からの
メールだった

「(テレビ番組)見てますか?」

『なんだろう...』

私は見ていたチャンネルを急いで変えた


その番組は、
ある男性アイドルグループの1人が
進行をしているものだった

はじめて見る番組だ

この日の内容は、
アイドルが司会を務めているにしては不似合いな、
“乳がん”がテーマ

最先端の治療を紹介していた


複雑だった

この番組を見た方がよいのか、
見ない方がいいのか...

メールをくれた方に感謝したいような、

『余計なことをしてくれた...』と、
思いたいような...


そんな思いを抱きながらも、
“現実をみつめなければ...”と、
見ることにしたのだが...

『こんな治療、
 極々一部の医療機関でしかやっていないだろうし、
 一般的な治療になるかどうか...。
 なるとしても、何年先になるのか...。
 それでも、私が住んでいるような地方では、
 導入されるかどうか...』

そんな思いでいっぱいになった

一番驚いたのは、
“全摘+再建で、一泊二日”という手術だ


番組にはゲストとして、
乳がんになった若い女優さんが出ていたが、

『この人もセンチネルリンパ節生検か...。
 腕に障害が出なくて済んだんだなぁ...』

そう思うと、なんだか腹立たしかった

そこには、
先進医療を受けられる都市部に住んでいること、

そして、
保険適用外の治療を受けられる経済的余裕への、
汚れた羨望が渦巻いていた


これから間違いなく、
色々な治療法が出てくる

その度に、
自分が受けた治療と比較してしまうだろう

でも、昔の人は、“乳がん”といえば、
胸の筋肉まで取られた訳で、

そう考えると、私は格段に恵まれている

ましてや温存できたのだから...


まだ手術をして間もない

もう少し時間が経っていたら、
この番組を、
もっと違う目線で見られたのだろうか...



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≪私の記録 82≫ 副作用のはじまり ~身体と心の変調~

    2007年2月21日(水)

生理予定日は18日

そして昨日が、
その生理が来るタイムリミット

『お腹が痛くて今にも来そうなのに、
 もう来ないかも...』

お腹が痛い以外は、
おっぱいの張りも気怠さも、
生理前特有の感覚がない

来ない気がする

デポ注射、
視床下部にしっかり効いたのかもしれない

きっともう、二度と生理は来ない

哀しい...

もう、“女”じゃない気がする



    2007年2月22日(木)

お腹の痛みが治まってきた

本当に、生理来ないかも...


じゃあ、あの、今にも来そうなお腹の痛みは
なんだったのだろう

デポ注射をした時、
排卵があったかどうかは微妙な時期

もし、注射より先に排卵があったとしたら、
その月の生理は来るのだろうか...



    2007年2月26日(月)

彼氏と色々話し合った

今後、どうすべきか...


私は今、“生きること”自体に悩んでいる

迷っている


『苦しくても立ち向かってゆく』――

彼氏曰く、それが“生きる意味”らしい


私は今、
病気に立ち向かっているのだろうか...

人生に立ち向かっているのだろうか...



    2007年2月27日(火)

ボウリングをしていなかったら、
こんなにリハビリしていないかも...

きっと自暴自棄になって、

「腕なんて、障害残ってもいい!!」と
思ったかもしれない

“日に日に”とは言えないまでも、
2週間くらいの間隔で、
一段階上がったようにぐっと良くなるのがわかる

一進一退を繰り返しながらではあるけれど、
それでも確実に動くようになっている

それだけでも嬉しい

今の私には、こんな小さなことくらいしか、
“希望”がない


治療がはじまって1ヶ月が経った

少しホルモン治療の副作用が出てきたのか、
時々、暑くなったりする

手のひらも、ピリピリ痛い

母が50代後半になって、
更年期らしき症状が出てきた時も、

「手のひらがピリピリする」と言っていた

私もきっと母と同じ症状

だとしたら、更年期症状の副作用だ

これからどんなことが
私の身体に起こるのだろう

怖い...

不安だ...


時々、
淋しくて、淋しくて、胸が張り裂けそうになる

毎日毎日、こんな思いをするのはつらい

今、生きていても楽しくない

何をしていても楽しめない

きっと彼氏にも、
嫌な思いさせているんだろうな...



    2007年2月28日(水)

放射線治療のためのマーカーが消えてきた

手術で硬くなっていたおっぱいも、
少しやわらかくなってきた

手術あとのグロテスク感も薄れてきて、
やっと見られるようになった

でも本当にきれいになるのには、
まだ1年くらいかかるかな...



    2007年3月2日(金)

助けて!!

つらい...

苦しい...


うつ状態がひどいのは、
“がん”という病気のせい?

それとも、薬のせい?


毎日毎日、お風呂場で涙が出る

夜、一人でいると、涙が落ちてくる



    2007年3月10日(土)

乳がん告知後の検査で見つかった肝臓の腫瘍

あれが本当に
乳がんからの転移だったら――

きっとまだ抗がん剤治療中で、
手術はしていないのだろう

長くてつらい治療になるところだった


いや、主治医が言っていたように、
少し前なら、
“転移”として扱われていた可能性がある

だとしたら、
効くはずのない抗がん剤治療をし、

一向に小さくならない腫瘍に、
さらに抗がん剤を替え...

お金と身体に大きな負担だけをかけ、
ダラダラと続く、全く意味のない治療...

『そんな無駄な治療をしていたかもしれない』

そう思うとぞっとする

現代の医療の進歩と、
主治医の判断に感謝だ



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りかこプロフィール

 
■2009年5月より
医療機関開催『がんサロン』発行による『がんサロン通信』にて、体験記・エッセイ執筆
(■2026年2月よりピアサポーターとして『ピアサポーター通信』を新たに執筆開始)

■2010年9月
市広報にて体験記掲載

■2011年8月31日
乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍自費出版

■2012年1月21日
講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』

■2012年4月5日
FMオホーツク『乳がんについて』FPとの対談

■2012年4月
キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載

■2013年6月より
医療サイト『ドクターズガイド』、ブログ掲載

■2016年9月14日
フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送

■2020年3月
一般社団法人全国がん患者団体連合会『がん教育外部講師講座』修了(北海道教育委員会にがん教育外部講師として登録)

■2021年10月
『がん予防功労者表彰』(道・市・健康づくり財団・対がん協会4社共催)

■2023年5月
北海道がん患者連合会『がん教育講師派遣養成研修会』終了

■2025年10月
北海道医療ソーシャルワーカー協会主催『がんピアサポーター養成研修会』受講終了

■その他
講演、ピンクリボン運動、ピアサポーターとして活動中

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■国家資格
1994年10月、調理師免許取得(食と健康を考える乳がん経験者)

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■2024年より
子ども虐待防止『オレンジリボン運動』サポーター

■2024年10月
市民観光アンバサダー就任

乳がん履歴
■2002年3月3日(日)
 左乳房にしこりをみつける  

■2002年3月4日(月)
 視触診の結果“良性”と診断

■2006年11月8日(水)
 左乳房のしこり再受診  

■2006年11月15日(水)
 左乳房のしこり一部切除
  (外科的生検)

■2006年11月28日(火)
 乳がん告知      

■2007年1月11日(木)
 左乳がん手術

■2008年7月8日(火)
 局所再発の疑いで、
 細胞診・組織診(結果は良性)

■2009年2月17日(火)
 対側(右)乳がんの疑い
 (前年からしこりあり)経過観察

■2010年2月16日(火)
 右乳房細胞診(結果は良性)
手術・治療の経緯
■がん細胞の種類(しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)
  (化学療法・放射線が効かない稀ながん細胞)
 ・非浸潤性乳管がん

 ・核グレード 2
 ・ER  90%
 ・PgR 10%
 ・HER2(-)

■術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・乳房扇状部分切除(4分の1強切除)

■治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤、
  4週間毎、2年間(25回)投与
 ・抗エストロゲン剤(クエン酸タモキシフェン)、
  5年服用
その他の病歴
■2006年5月
 子宮筋腫(漿膜下筋腫)核出術(10㎝の開腹手術)
  ・10cmの筋腫   1個
  ・8cmの筋腫   1個
  ・2~3cmの筋腫  4個

■2023年7月18日
 ・臼蓋形成不全発覚(先天性)
 ・変形性股関節症に進行(両足)

■2024年10月
 骨粗鬆症判明

■2025年10月12日
 突発性難聴発症(左耳)
母の甲状腺がん(乳頭がん・転移性がん)
■2006年11月(私の乳がん告知の約2週間前)
 甲状腺がん告知

■2007年1月(私の乳がん手術の2週間後)
 甲状腺摘出手術・頸部リンパ節郭清

■2007年5月
 術後療法(RI治療・1回)
  通常2~3回の治療が必要なところ、
  1回の治療で身体の中にがんがないことが
  確認される

■2009年5月
 頸部再発
 (切除手術後、放射線治療を受ける)

■2012年5月
 肺転移確認

■2015年5月
 小脳転移確認

■2015年7月18日
 永眠

  ※遠隔転移後の治療法・治療薬なし
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