りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。視触診だけで簡単に下された診断。そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。“良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

2024年03月

サプリは否定派。

「なにかサプリメント飲んでいますか?
 “いいもの”があれば
 教えてほしいんですけど...」


...というのは、
以前、何度か
がん患者さんから受けた質問


「特に飲んでないけど...」

そう答えると、

「そうなんですか!?」

と驚かれたこともある


このときの“いいもの”というのは、
たぶん、“がんにいい”もの

即ち、“がんに効く”もの――

ということなのだろう



そもそもサプリメントは、
医薬品ではなく“食品”

病気を治すものではない

そこに、
科学的根拠もない

  “がんに効くサプリ”があれば、
  きっとそれがすでに
  “抗がん剤”となっているはずだ


  “食品”なので
  アレルギーを起こすこともある

  必要以上に摂取すれば、
  栄養素を過剰に摂取してしまうため
  人体に悪影響を及ぼす


“サプリメント”は、あくまでも
“足りない栄養素を補うためのもの”

サプリメントの外装には、

『食生活は、主食、主菜、副菜を基本に、
 食事のバランスを』

『本品を多量に摂取することで
 疾病が治癒したり、
 健康がより増進するわけではありません』

と、書かれている

生きる基本は、あくまでも
“食べ物から栄養素を摂取すること”だ



...が、今、大問題となっている“サプリ”

不足している栄養を補うものだけではなく、
今は様々な効用を謳ったものが本当に多い

CMなどを見ていると、正直、

「ちょっと怖いな...」
「薬でもないのに、
 そもそも“効果”があるのか?」

と、思う


そもそも私は“サプリ否定派”

人工的に加工されたものを口にするのが
ちょっと抵抗があるからだ


...と言いながら、
摂っているサプリもある

今は、“カルシウム”

子どもの頃から
牛乳をほとんと飲んでこなかったせいか、
骨密度がかなり低い

食事だけでは補えないため飲んでいるが、
摂取量は、記載されている目安量の
半分~3分の2しか摂らないことにしている
(残りは食事量でまかなえるため)


乳がんになる前は喫煙をしていたので
ビタミンCも摂っていた
(“喫煙は、
 身体の中のビタミンCを破壊する”と
 言われている)

ビタミンCは体内に蓄積されないため、
一度に大量に摂ってしまうと
尿として排出されるらしい

そのため、一日3回に分けて
少しずつ摂っていた


あとは、
ヘム鉄(鉄分)も摂っていたこともある

  ※鉄分には2つの種類がある

   ○ヘム鉄
    肉(赤み肉)や、
    魚(マグロの赤身や
    カツオなど)に含まれ、吸収率がよい

   ○非ヘム鉄
    ほうれん草、豆、プルーンなど
    植物性の食品に含まれている鉄分で
    吸収率は圧倒的にヘム鉄に劣る



サプリは、食後すぐに飲んでいる

理由は、

“食事で摂った栄養素で、
 吸収率が上がるから”

もちろん摂取量は、
メーカーで“目安”とされている量の
半分~3分の2程度



近年のサプリ市場は
急激に伸びているだろう

そしてきっと、
これからも伸び続けるのだろう

薬ではない分、手軽なのかもしれないが、
不安は拭いきれない



バランスのよい食事

そして適度な運動が
なによりだと思うのだ――




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≪私の記録 316≫ がん患者、働きに出る ⑥ ~病気のこと、知れ渡る Ⅱ~



料理長に病気のことを話してから1週間

みんなは知らないふりを
してくれていたんだ...

やっぱり私はみんなに迷惑をかけている

私はここにいないほうがいい

辞めたほうが、
みんなに変な気を遣わせずに済む――


涙が出た


60代パートの主さんに、

「料理長、
 私のことなにか云ってました?」

と聞いたけれど、

「“なにか”ってなに?
 なにも聞いてないよ」

との返答

当然なにも云うわけがない

その心遣いに、また胸が痛んだ


しばらくしてから
もう一人の若いパートの女性にも聞いてみた

「迷惑かけてごめんね」

と、まず前置きをしてから、

「先週の月曜日...
 ちょうど1週間前、私が休みのとき、
 料理長なにか云ってた?」

と聞いてみた

もちろん、愚問だ

「1週間前...ですか?
 う~ん...、
 いや、特になにも云ってないですよ」


また涙がこみ上げた


私、どうすればいいのだろう...



    2010年12月14日(火)

...でも、
やっぱりもう限界...


接客しているときは
とても楽しいのだけど...

乳がんを隠していた後ろめたさと、
この激務と身体への影響と、
副作用のつらさと、
周囲の人たちへの迷惑と、配慮と、

なによりこの雰囲気...

調理長のあの短気は
前からだから仕方がないけれど、
60代パートの主の無視も甚だしい

こんなふうに
周囲に迷惑をかけるのはどうなのだろう

結局がんになると、
普通には働けないのか...


1週間前、
乳がんのことと一緒に
辞めたい旨を料理長に話したとき、

「年末までいてくれ」

と、引き延ばされた


が、もう無理だ...


今日、「限界だ」と料理長に伝えた

とても今年いっぱいはもたない


それに、たぶん今辞めないと、
また延ばし延ばしにされる

私の経歴や接客が買われているのは
素直に嬉しい

が、引き延ばされる理由は
それだけではない

原因は、
“募集をかけても人が来ない”から

私もここの募集は、何度も目にしていた

“何度も募集をかける”というには
それなりの理由がある

入ってみてその理由がわかった

改善しなければ、
同じことを繰り返すだろう


ここにいては、身体を壊す




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≪私の記録 315≫ がん患者、働きに出る ⑤ ~病気のこと、知れ渡る Ⅰ~


    2010年12月10日(金)

せっかく今、生きているのに...

毎日毎日、
こんな嫌な思いをして生きたくない

楽しく充実した日々を
生きたいのに...



    2010年12月13日(月)

なんか、やっぱり職場の人たち、
私の病気のこと知っているような気がする

いや、たぶん、
“乳がん”ということは知らないだろう

ただ、“重いものを持てない”ということは、
料理長はみんなに喋ったような気がする

...というのも――


おとついの11日土曜日、
かなりの残業となった

午後2時半までのはずの仕事が、
終わってみれば5時

会社の規定では、
休憩・食事なし

が、さすがにここまで遅くなると、
料理長の計らいで賄いを出してくれる

もちろん朝から休憩なしで
午後5時まで働き通し

しかも、夕方5時に
お昼ご飯を食べさせてもらっても...



賄いをみんなで食べているとき、
このあとの仕事の振り分けの話になった

私が、

「まだ(小上がりの)セッティング、
 終わってないです」

と云うと、板前の男性が、

「壁(客間の仕切り)も
 片づけなきゃならないから
 オレするよ」

そう云った言葉に、違和感を覚えた

なぜなら、これまで、
ホールの仕事は
すべて女性がやっていたから

『もしかしたら料理長、
 板前さんだけに私の病気のこと
 チラッと話したのかもしれないし。
 それとも、もうとっくに
 勤務時間も過ぎているから、
 たまたま板前さんが“オレがやる”って
 云っただけかもしれない』


料理長に乳がんのことを告白し、
「この勤務状態だと身体がもたない」と
退職を告げた翌日の日曜日は
このお店の定休日

その翌日の月曜は私の個人休

火曜日、出勤すると、
なんだかみんなの態度がよそよそしい

板前さんは前から優しい人だったけど、
もっと優しかった

私より若いパートの2人の女性も、
なんとなく雰囲気が違う

私とどう接していいのか、
それとも接しないほうがいいのか...

そんな感じだった


そして60代のパートの主は、
以前から嫌な感じだったけど、
さらに輪をかけて仏頂面になった

無視もする

料理長が乳がんのことを
みんなに喋ったのは明らかだった

たぶんあの料理長のことだから、

「りかちゃん、重いものが持てないので、
 みんなで手伝ってあげて」

そう云ったに違いない


60代パートの主にしてみれば、

「なんでそんな人雇ったの?」
「なんでそんな人と
 仕事しなきゃならないの?」
「一人前の仕事もできないのに、
 同じ時給なの?」

きっとそう思って、
あんな態度になったのだろう

それでなくても、私は最初から
気に入られていなかったのだから



そして今朝、
大きなやかんで作ったお茶をポットに注ぐとき、
オバちゃん(60代のパートの主)が、

「あ...、重たいの大丈夫?」

とぶっきらぼうに云ったのが聞こえた

『え...? やっぱり病気のこと知ってる?』



「みんなには
 病気のことは話さないでください」

って、料理長に念を押したのに!!




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≪私の記録 314≫ がん患者、働きに出る ④ ~病気の暴露~



今日、料理長(店長)に
仕事を辞めたい旨を伝えた

病気のことも暴露した

  ○乳がんであること
  ○治療中であること
  ○定期的に検査を受けているので
   そのときは休みがほしいこと
  ○重いものが持てないこと

なども話した

それでも料理長は、
「いてほしい」と云ってくれた

「客当たりがいいので、
 (辞めるのは)勿体ない」とも
云ってくれた

たぶん、引き止められたのは、
年末に向けてますます忙しくなっていくので、
人員を確保しておきたかったのもあると思う

それでなくても、今の人数では
手が回り切らない

毎日、数時間の残業が当たり前

休憩もお昼ご飯も当たらないのは、
訴えても変わらない

  今いる従業員のためにも、
  そしてこれからのためにも
  料理長には訴えてきたが、
  会社の体質は変わりそうにない

  料理長(店長)も雇われているから
  会社にはなにも云えないのかもしれない


  お店にお昼を食べに来た社長に、

  「私たちは休憩もなく、
   お昼も食べないで
   毎日残業までして働いているのに、
   あなたは
   お昼ごはんを食べているんですね」

  そう云いたかった


それに、募集をかけてもこのご時世、
このような飲食店に
応募してくる人はいない


「(病気のこと)話して
 楽になっただろ?」

と、云われ、

「確かになぁ...」

そう思った

聞かされたほうは
たまらないだろうけど


そして、
どうしても聞いてみたいことがあったので
思い切って聞いてみた

「面接のとき、乳がんのこと云っていたら
 採用しましたか?」

と...


料理長は一瞬、間を開けたあと、

「採用したよ」

そう云った

嘘かもしれない

でも、ちょっと嬉しかった


が、次に料理長が発した言葉は、

「でも、ほかで云ったら
 採用されないと思うよ」――


あぁ、これが本音か...

これが世間か...



それでも、病気であることを知っても、
引き止めくれたことは
本当にありがたいことだと思う


「とりあえず、
 今年いっぱいはいてほしい」

ということで、
私も今、仕事を辞めたら生活していけないので
承諾した

また年末近くなったら決断を下すことになるが、
そのときはまた引き止められるのだろう



ここ数日、なにもかもが嫌で、
死にたい気持ちを抱えていた

が、料理長と話をしたことで
かなり心が楽になった

料理長には
負担をかけてしまうことになるけれど


最後に料理長に、

「みんなに迷惑をかけたくないので、
 病気のことは誰にも云わないでください」

と、一応頼んでおいた




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若干、障害。

朝の気温、+0.8℃

今年初めてのプラス気温だ


窓の結露も、
今年初めて全くない朝


春――



が、今日は大荒れ

窓に雨粒が
ビシバシと叩きつけられている

  少しは窓ガラス、
  きれいになっただろうか...



お蔭で枯葉まで窓に貼りつき...

  乾いたら落ちてくれるだろうか



そしてあしたは、黄砂が飛来...

  汚いな...



とりあえずこの雨で、
雪融けが進みそうだ




そして私は――


2月の初めころから
陥っていた体調不良

たぶん、春の、この大きな気温差に
やられたと思われる自律神経

鼻炎やら、
倦怠感やら、
胃の不快感やら、
嗅覚障害やら、
味覚障害やらと、
様々な症状に見舞われた

鼻炎による睡眠障害なんてものもあった


1か月半ほどして、
ようやく収まってきたのだが...


先日、ようやく戻ってきた嗅覚と味覚

きのうから、再び障害気味...


おいしく食べられることが
いかにしあわせなことか...

乳がんになって、
治療をはじめて、
副作用で食欲が失せ、
味覚も鋭敏ではなくなった

治療の5年間と、
その後の1年の計6年間、
おいしく食べられなかった

はっきり味を感じたときの、
あの、「おいしい!!」という感動――



やっぱり人間、
食べることが生きていくことなのだ

それは、“おいしく”

そして“楽しく”という感情が
なにより重要だとつくづく感じる





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りかこプロフィール

 
★2009年5月より
医療機関開催“がんサロン”発行による『がんサロン通信』にて、体験記・エッセイ執筆

★2010年9月
市広報にて体験記掲載

★2011年8月31日
乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍自費出版

★2012年1月21日
講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』

★2012年4月5日
FMオホーツク『乳がんについて』FPとの対談

★2012年4月
キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載

★2013年6月より
医療サイト『ドクターズガイド』、ブログ掲載

★2016年9月14日
フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送

★2020年3月
一般社団法人全国がん患者団体連合会『がん教育外部講師講座』修了(北海道教育委員会にがん教育外部講師として登録)

★2021年10月
『がん予防功労者表彰』(道・市・健康づくり財団・対がん協会4社共催)

★2023年5月
北海道がん患者連合会『がん教育講師派遣養成研修会』終了

★その他
講演、ピンクリボン運動、ピアサポーターとして活動中

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

★国家資格
1994年10月、調理師免許取得(食と健康を考える乳がん経験者)

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

★子ども虐待防止『オレンジリボン運動』サポーター

メッセージはこちらへ
乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
 左乳房にしこりをみつける  

★2002年3月4日(月)
 視触診の結果“良性”と診断

★2006年11月8日(水)
 左乳房のしこり再受診  

★2006年11月15日(水)
 左乳房のしこり一部切除
  (外科的生検)

★2006年11月28日(火)
 乳がん告知      

★2007年1月11日(木)
 左乳がん手術

★2008年7月8日(火)
 局所再発の疑いで、
 細胞診・組織診(結果は良性)

★2009年2月17日(火)
 対側(右)乳がんの疑い
 (前年からしこりあり)経過観察

★2010年2月16日(火)
 右乳房細胞診(結果は良性)
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)
  (化学療法・放射線が効かない稀ながん細胞)
 ・非浸潤性乳管がん

 ・核グレード 2
 ・ER 90%
 ・PgR 10%
 ・HER2 (-)

★術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・乳房扇状部分切除(4分の1強切除)

★治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤、
  4週間毎、2年間(25回)投与
 ・抗エストロゲン剤(クエン酸タモキシフェン)、
  5年服用
その他の病歴
★2006年5月
 子宮筋腫(漿膜下筋腫)核出術(10㎝の開腹手術)
  ・10cmの筋腫  1個
  ・8cmの筋腫   1個
  ・2~3cmの筋腫 4個

★2023年7月18日
 ・臼蓋形成不全発覚(先天性)
 ・変形性股関節症発症(両足)

★2024年10月
 骨粗鬆症が判明
母の甲状腺がん(乳頭がん・転移性がん)
★2006年11月(私の乳がん告知の約2週間前)
 甲状腺がん告知

★2007年1月(私の乳がん手術の2週間後)
 甲状腺摘出手術・頸部リンパ節郭清

★2007年5月
 術後療法(RI治療・1回)
  通常2~3回の治療が必要なところ、
  1回の治療で身体の中にがんがないことが
  確認される

★2009年5月
 頸部再発(切除手術を受ける)

★2012年5月
 肺転移確認

★2015年5月
 小脳転移確認

★2015年7月18日
 永眠

  ※再発後の治療法・治療薬なし
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子ども虐待防止「オレンジリボン運動」
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 非公開希望の方は、その旨書き込んでいただけるとそのように対応いたします。

★また、2014年5月22日より、スマートフォンからのコメント投稿による誤送信を防ぐため、画像認証制を取り入れさせていただきました。認証英数字は“半角”での入力をお願いいたします。
 お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

★営利目的だと思われるリンク、また、不当なリンクやコメントは削除させていただいています。また、個人を特定するものや商品名なども、編集・削除させていただく場合があります。

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≪2015年9月2日より、コメント欄を閉鎖させていただいております≫

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~~~~~~~~~~~~~~


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~~~~~~~~~~~~~~


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