りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。視触診だけで簡単に下された診断。そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。“良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

2024年06月

この17年で、一番増えたもの。

『この17年で、一番増えたもの』――


それは、“仲間”

そして“つながり”



きのうの、
『この17年の、乳がん治療の進歩』


  ☆記事はこちら ⇩






で、ふと思った

「まだまだ進歩したものがある」

と――



“がん”という病気を
公にできるようになったことは
きっと、なにより大きなこと

まだまだ偏見は多いけれど、
「がんになりました」と言えるのは
治る病になってきているから

そして、
がんに罹る人が増えているからだと思う



実際、今は簡単に、

「がんですね」

と、告知される


それは、
“がんが治る病気になってきたから”
という理由がひとつ

そして治療の選択も
患者自身ができるようになったこと

さらに、医療とともに、
「一緒に闘っていきましょう」という
意味も込められている

もちろん情報化社会となった今、
患者に病を隠し通すことはできない



それでもがんは、
手術も治療も心もつらい

“治る病”と言われても、
再発の不安はずっとつきまとう

治療への不安も、
副作用の不安も拭えない


そこで増えたもの――


それは、『患者会』

そして、『SNS』だ


私が乳がんになった当初、
すでにブログは存在していた

ただ私の場合、
ネット環境がなかったため
それらを見たことはない

SNSに関しては、
ほぼ存在していなかったと思う



私が参加している『がんサロン』

今から15年前に開設された

ここ北海道では
2つめにできた患者会

国内でもまだ数えるほどしか
存在していなかったようだ

  こんな田舎地方に
  つくっていただいたことが
  ただただありがたく...


ここで、
“がん”という共通の病で集まり、
顔も名前も知らないのに、
“がん”というだけですぐに打ち解けられる

日常では口にできない不安も悩みも、
ここでは話しても誰も否定はしない

それどころか、

「うんうん、そうそう」
「わかる~」
「私も同じ」

そんな共感が生まれる不思議な空間だ



そしてブログで発信する人が増え、
今ではSNSが主流となって
多くのがん経験者たちが
自らの経験を伝えている


そこにある、

「同じ思いをしているひとたちの
 力になれたら...」

という、共通の思い


がんになると、

「誰かの役に立ちたい」
「誰かの力になりたい」

そう思うようだ


そうやって
患者同士が支えあえる今の時代は
本当にありがたいと感じる

医師や看護師さんにはわからない、
患者の心の内や痛みは
経験者でしかわからないから

ある意味、“がんの専門家”

医学の知識はないけれど、
“がん患者の心”を癒す力は持っている



そして思う

「昔の人は、さぞかし孤独だっただろう」

と...

これほど情報にあふれている今の時代

それでもがんになれば不安でいっぱいだ

  逆に情報がありすぎて
  不安になることもあるかもしれない
  (どうも悪いことばかりが
   目につくものだ)


夜になると悲しくなり、
時々、途轍もない虚しさに襲われる

「死ぬかもしれない」と不安に苛まれ、
先が見えなくなる


“死の病”と言われていたその昔

しかも今のように治療法はない

痛みのコントロールも
できなかったと想像する

自分ががんだということを
知らされなくても、知っていても、
それはきっと
大きな孤独との闘いだったはず...


「今の時代でよかったのかな...」

と、ふと感じる


いや、本当は、
がんになんてならないのが
一番なのだけど――



  “頼れるもの”がある今の時代が羨ましい

  私の頃は、
  精神科に行くこともできず、
  (“心療内科”がないので“精神科”)

  眠剤さえ処方してもらわなかった


  まぁ、精神科の薬も眠剤も
  飲みたくはなかったので、
  仕方がないのかな...


  「薬は要らないから、
   話だけでも聞いてほしい」

  と、いつも心が叫んでいた


  今思い返しても、

  「本当につらい治療期間を
   過ごしていたな...」

  と思う


  完全に鬱だった




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こちら

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この17年の、乳がん治療の進歩。

乳がんの手術を受けてから、
まもなく17年と6か月

この17年、がん治療は進歩した

乳がん治療に関しても
それは実感している

一番近いところでは、
昨年12月に乳がんで保険適用となった、
“ラジオ波焼灼療法”


  ☆関連記事は下記へ





ほかに、

 ○センチネルリンパ節生検の
  保険適用(2010年)
 ○ホルモン剤の後発品が増えた
 ○ホルモン剤先発品の薬価が安くなった
 ○化学療法の副作用への対処が増えた
  (吐き気止めの進歩など)
 ○骨転移の新薬の開発
 ○乳がんに使える化学療法が増えた
 ○分子標的薬の進歩
 ○乳房再建の保険適用(一部)
 
...など、手術や治療に関してのもの



そして社会的には、

 ○乳がん入浴着が増えた
 ○入浴着着用で入れる入浴施設が増えた
 ○リンパ浮腫外来ができた・増えた
 ○がんでも仕事ができるようになった
  (社会の理解)
 ○治療を続けながら働けるようになった
  (社会の理解・治療の進歩)



さらには、

 ○ウィッグが豊富になった
 ○美容院の理解
 ○人工乳房の進化
 ○爪のお洒落や化粧で気分転換

...と、
とにかくアピアランスケアの充実が大きい



近年思うのは、
本当にがん患者に優しい世の中になったと思う

  これが一番感じること

  それでもまだまだ、
  生きづらいことも多いが...


なんと言っても、
『日本人の2人に1人』ががんになる時代

この数字、
きっとどんどん増えていくと思われる
(現時点で、“1.8人に1人”くらいに
 なっているような気がする)

誰がなってもおかしくない

がん患者への偏見は、
もう時代じゃない



そしてこの数年、
二言目に聞かれるのは、
“遺伝子”という言葉

がんはこれから
遺伝子レベルでの治療や検査に
なっていくのだろう

それぞれの患者に合ったがん治療――

副作用がなければ
こんなにいいことはないが...



そしてなにより、
この17年で生存率が上がった

残念ながら、
検診率はそれほど上がっていないが...

  それでも早期発見が増えたこと、
  そして医療の進歩もあるのだろう


が、悲しいことに、
年々乳がん罹患率が上がっている

若年化も進んでいる

大切な命を守るためには、やはり
『早期発見・早期治療』が
なにより大切だと感じる



がんになって思った

生きることは、
命があるだけでは駄目だということ

夢を叶えるために、
好きなことを続けていくために、

人生を楽しむことが大切だと...


それは、がんになっても
充実した人生を送ること


それは『早期発見・早期治療』で
救える命、
諦めずに叶えられる夢がある


大切ななにかを失わないために

大切な命を守るために――




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一生つきあっていくものが多すぎる ~乳がんの置き土産~

気温、15℃前後

天気、曇りまたは雨


こんな天候が続くと、
さすがに家の中が冷えてくる


...ということで、今朝はとうとう
先日隣の部屋へ追いやった暖房を
引っ張り出してくる



2024/06/24 暖房の朝



部屋の中は、
扇風機と暖房器具のせめぎあい

なんとも複雑な季節である


そんなこんなで、
私はこの気温差でまたまた体調不良だ




さて...


乳がん歴、17年

術後、ホルモン療法と
放射線治療を受けたわけだが...


その放射線治療

治療中はもちろんやけど状態

皮膚は赤茶色く焼け焦げ、
痛みや痒みが出た


その痒みや痛みが収まってから約1か月後、
収まったはずの痒みが復活

“激かゆ“”に陥った


  ※激しく痛むことは“激痛”

   では、激しく痒いことはなんと言う?

   ...ということで、
   ここでは“激かゆ”ということにする



主治医に伝えると、
放射線科ではなく皮膚科を紹介される

「え? 皮膚科?」

母も当時、
放射線治療を受けていた

母の場合は、
放射線科で塗り薬を出してもらっていた

なので私も
放射線科に行くものだと思っていた

が、この場合、
かかる科はやはり“皮膚科”になる



手術で汚くなったおっぱい

切除したせいでまだ腫れている

形もいびつ

乳輪の色も炭のように真っ黒のまま

おまけに皮膚は、
放射線治療で茶色く焦げている

主治医だけではなく、
ほかの医師や研修医、看護師さんたち、
放射線の技師のひとたち...

「これまで何十人のひとに
 この汚いおっぱいを見られただろう。
 もうこれ以上、誰にも見られたくない」

と、私は皮膚科に行くことはなかった


その痒み、どれくらい我慢しただろう、
1か月ほどだっただろうか

収まってくれたので、
ほっとしたのだが...



それから10年

再び乳房が痒くなりはじめた

「すぐに収まるだろう」

と、気にも留めていなかった


が、
それから6年3か月続いた謎の痒み


「皮膚科に行かなければ...」

と、
ようやく重い腰を上げたのが昨年末


    ☆そのときの記事 ⇩




    ☆関連記事 ⇩






もうあのときの薬は、ほぼ使い切った


2023/12/14 痒み止め

    ⇧ 出してもらった薬



痒みは収まったか...と聞かれれば、
収まってはいない

皮膚科の先生の見立てでは、

「痒みは皮膚ではくて、“中”」

言われてみれば、
そんな気もするし、
しないような気もするし...

が、一応塗り薬を出してくれた


「痒みは、数日で効果が現れます。
 なので痒みが収まらなかったら、
 来週また来て。
 そのときは飲み薬にしましょう」

とのことだった


残念ながら、
出してもらった軟膏は効果がなく...

が、私は再び
皮膚科を受診することはなかった

理由は、

「飲み薬は飲みたくないから」

それに、
その薬が効くかどうかもわからない

次から次へと
効果の出る薬を試すのも嫌だった

なにより、そのとき、
股関節の病気がわかって5か月後

通院のために歩くのもしんどかった



――そして、今に至る


皮膚科で薬をもらってから半年

痒みはある

“激かゆ”というほどではないので、
とりあえず
このまま生きていこうと思う



これも乳がんの置き土産か...


いや、終わったわけではない乳がん

“置き土産”というには
少し違うか...


それにしても“乳がん”というものは、
様々な禍根を残す病だ

まぁ、
一生つきあっていくしかないのだが...





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『お悔やみ欄』

新聞の『お悔やみ欄』

気にして見るようになったのは、
乳がんになってから


「知っているひとの名前が
 出ているかもしれない」

というのはもちろんだが、
亡くなったひとの年齢をひたすら見ていた


「この人は90代だから、
 もう十分生きたのかな」

「この人は70代か...。
 今の時代、70代はまだ早いよね」

「この人は40代か...。
 しかも女性だ。
 病気だったのだろうか。
 もしかしたら、
 私と同じ乳がんかもしれない」


...と、それはそれは
とんでもない想像を巡らせていた


そして、

「ここに私の名前が載るかもしれない」

と、いつも思った

その年齢は、なぜか『42歳』

昔からなんとなく、
42歳で死ぬ気がしていたのだ


「“42”か...。若いよなぁ...」


と、まるで他人事のようでもあった



毎朝、毎朝、
新聞のお悔やみ欄を隅から隅まで目を通す――


そんなことが何年続いただろう


  しかも新聞には、
  北海道すべての市町村が載ってるので
  かなりの人数


さすがに今は、
近隣の市町村しか見なくなったが、
それでも同年代の女性が亡くなっていると、

「この人も乳がんだったのだろうか」

そう思う癖は今でも抜けない


そして私はまた
あすの朝刊のお悔やみ欄を
目を皿のようにして見るのだろう





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あれから1年。

ぐずつく天候

日中の気温も14℃と、
少し肌寒い


そんな中、今年も睡蓮を観に...



2024/06/22 睡 蓮 ①



睡蓮を観に行ったのは、
今年で3年連続

おととしは、
午前中から30℃に届きそうなほど暑かった


昨年は、ちょうどこの時期

股関節が痛くなりはじめた頃


この池の周りを歩きはじめたとき、

「やっぱりダメだ、歩けない。
 病院に行かなきゃ」

そう覚悟を決めた日だった


あれから1年――


歩けるか不安だったが...




...が、
残念ながらあまり咲いていない



2024/06/22 睡 蓮 ②



おそらく、いつもの年より
2週間以上早かったせいだ...




2024/06/22 睡 蓮 ③



それでもそれなりに咲いている睡蓮を探し、
なんとか写真に収める




2024/06/22 睡 蓮 ④




2024/06/22 睡 蓮 ⑤




2024/06/22 睡 蓮 ⑥


昨夜、雨が降っていたらしい

花びらに雨粒を纏っていた




帰り際、池のわきに、
白い小さな花を見つけた


2024/06/22 ヒメジョオン ①



花にはめっぽう疎い私...

なんの花なのか、
さっぱりわからず...

が、あまりの可憐さに、
思わず撮影



調べてみると、
“ヒメジョオン”という花らしい



2024/06/22 ヒメジョオン ②


なんとも愛らしい花だ



そんなこんなで、
ちょっとつらい身体ではあったが、
癒しの時間を堪能


また来年行こう

きっと歩ける――




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りかこプロフィール

 
■2009年5月より
医療機関開催『がんサロン』発行による『がんサロン通信』にて、体験記・エッセイ執筆
(■2026年2月よりピアサポーターとして『ピアサポーター通信』を新たに執筆開始)

■2010年9月
市広報にて体験記掲載

■2011年8月31日
乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍自費出版

■2012年1月21日
講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』

■2012年4月5日
FMオホーツク『乳がんについて』FPとの対談

■2012年4月
キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載

■2013年6月より
医療サイト『ドクターズガイド』、ブログ掲載

■2016年9月14日
フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送

■2020年3月
一般社団法人全国がん患者団体連合会『がん教育外部講師講座』修了(北海道教育委員会にがん教育外部講師として登録)

■2021年10月
『がん予防功労者表彰』(道・市・健康づくり財団・対がん協会4社共催)

■2023年5月
北海道がん患者連合会『がん教育講師派遣養成研修会』終了

■2025年10月
北海道医療ソーシャルワーカー協会主催『がんピアサポーター養成研修会』受講終了

■その他
講演、ピンクリボン運動、ピアサポーターとして活動中

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

■国家資格
1994年10月、調理師免許取得(食と健康を考える乳がん経験者)

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■2024年より
子ども虐待防止『オレンジリボン運動』サポーター

■2024年10月
市民観光アンバサダー就任

乳がん履歴
■2002年3月3日(日)
 左乳房にしこりをみつける  

■2002年3月4日(月)
 視触診の結果“良性”と診断

■2006年11月8日(水)
 左乳房のしこり再受診  

■2006年11月15日(水)
 左乳房のしこり一部切除
  (外科的生検)

■2006年11月28日(火)
 乳がん告知      

■2007年1月11日(木)
 左乳がん手術

■2008年7月8日(火)
 局所再発の疑いで、
 細胞診・組織診(結果は良性)

■2009年2月17日(火)
 対側(右)乳がんの疑い
 (前年からしこりあり)経過観察

■2010年2月16日(火)
 右乳房細胞診(結果は良性)
手術・治療の経緯
■がん細胞の種類(しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)
  (化学療法・放射線が効かない稀ながん細胞)
 ・非浸潤性乳管がん

 ・核グレード 2
 ・ER  90%
 ・PgR 10%
 ・HER2(-)

■術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・乳房扇状部分切除(4分の1強切除)

■治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤、
  4週間毎、2年間(25回)投与
 ・抗エストロゲン剤(クエン酸タモキシフェン)、
  5年服用
その他の病歴
■2006年5月
 子宮筋腫(漿膜下筋腫)核出術(10㎝の開腹手術)
  ・10cmの筋腫   1個
  ・8cmの筋腫   1個
  ・2~3cmの筋腫  4個

■2023年7月18日
 ・臼蓋形成不全発覚(先天性)
 ・変形性股関節症に進行(両足)

■2024年10月
 骨粗鬆症判明

■2025年10月12日
 突発性難聴発症(左耳)
母の甲状腺がん(乳頭がん・転移性がん)
■2006年11月(私の乳がん告知の約2週間前)
 甲状腺がん告知

■2007年1月(私の乳がん手術の2週間後)
 甲状腺摘出手術・頸部リンパ節郭清

■2007年5月
 術後療法(RI治療・1回)
  通常2~3回の治療が必要なところ、
  1回の治療で身体の中にがんがないことが
  確認される

■2009年5月
 頸部再発
 (切除手術後、放射線治療を受ける)

■2012年5月
 肺転移確認

■2015年5月
 小脳転移確認

■2015年7月18日
 永眠

  ※遠隔転移後の治療法・治療薬なし
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 お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

■営利目的だと思われるリンク、また、不当なリンクやコメントは削除させていただいています。また、個人を特定するものや商品名なども、編集・削除させていただく場合があります。

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≪2015年9月2日より、コメント欄を閉鎖させていただいております≫

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≪2016年11月2日分より、コメント欄を開放しております≫

■非公開希望には対応しかねますので、コメントの投稿を控えていただきますようお願いいたします。

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~~~~~~~~~~~~~~

≪2016年12月3日分より、コメント欄を閉鎖させていただいています≫

~~~~~~~~~~~~~~

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