それは、左の乳房にコロコロとした1cmにも満たない小さな硬いしこりだった
ほかにも小さな小さなしこりが2つ、指先に触れた
乳がん――
一瞬凍りついたあの感覚は、きっと一生忘れないだろう
その夜はほとんど眠れなかった
しこりがあったなんて信じたくなかった私は、一晩中乳房に触れては
「しこりが消えてますように...」
と願わずにはいられなかった
翌朝、早速家庭の医学書で調べてみた
良性のしこりの方が多いらしく、
私の症状と酷似している“乳腺線維腺腫”というものもあった
でも余計な物が身体の中にあるのは事実
早く病院に行かなければ...
「あの時病院に行っていれば...」とか
「もっと早くに病院に行っていれば...」とか
後悔だけはしたくなかった
どこの病院に行ってよいのか全く見当がつかず、
とりあえず行ったのは産婦人科
「コロコロとよく動いてるので、大丈夫だと思うよ」
そして近くの名の知れた外科を紹介され、診察を受けることに...
外科での検査は視触診だけ
「これは若い人に多い“乳腺線維腺腫”だね」
家庭の医学書でも読んだし、産婦人科の医師の見解とも一致している
ひとまず安心...
でも切らなきゃならないんだろうなぁ...
「そのままにしてていいよ。でもあまり大きくなったら切らなきゃいけないよ」
こうして一晩中思い悩んだ“乳がん疑惑”は、呆気なく消し去られた
そして私はその医師の言葉通り、5年もしこりを放ってしまうことに......