りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。視触診だけで簡単に下された診断。そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。“良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

私のこと

後 悔

「ちょっと助けてもらえないか」――

そんな知らせが来たのは、
私が札幌からこの街に出戻ってきてから
まもなくのこと

「お店を立て直してほしい」
というものだった

聞けば、その“お店”というのは、
コーヒーや軽食を提供している、
当時で言うところの“喫茶店”

経営しているのは、
外食産業とは全く畑違いの
金融関係の会社

「前の店長が辞めてしまって、
 今は17歳の女の子2人に
 やってもらっているのだけど
 売り上げがどんどん下がって
 困っている」

というのだ


この街に帰ってきたばかりの私

これから仕事も
探さなければならなかった

しかも今回の話は、
私が携わってきた外食の分野

昔、
「自分の店を持ちたい」と思った夢が、
“雇われママ”という形ではあるが
少しだけ叶うかもしれない...

断る理由はどこにもない

「やります!」

即決即断だった


店内に案内されると、
掃除も行き届いていない

17歳じゃ、
掃除もまともにできなくて
当たり前だろう

メニューも見せてもらった

『これは変えなきゃ駄目だな...』


売り上げと仕入れのグラフも
見せてもらったが
仕入れは増えているのに
売り上げはどんどん下がっている

会社の人が言うには、

「高校の友だちが来て、
 みんなにパフェや飲み物を
 無料で出しているのではないか」

とのことだった

実際、その17歳の2人と、
2日ほど一緒にそのお店で働いたが、
確かに学校終わりの友だちが
たくさんやってきた

私がいたため、17歳の彼女は
友だちになにも提供はしなかったが、
高校生たちも
なにも注文はしなかった

『席だけ陣取って、
これじゃあ、ほかのお客さんも
入って来られないわ...』

そして私が新たに
店長として働くことになり、
2人は翌日から来なくなった


会社は、
「すべて任せる」とのことで、
メニューも一新

それに合わせて
食器も一部購入してもらった

インスタントものが多かった食べ物も
できるだけ手作りに変えた

  なぜかお店に
  インスタントコーヒーがあった

  そう、お湯で溶く、あれ

  コーヒー豆を使わずに
  まさかお客さんに
  インスタントを提供していた...?


トーストに使用するパンも、
パン屋さんに依頼した

  トーストの食パンは、
  スーパーで売っているものを
  使っていたようだ
  (商品名は上げられないが、
  ヤマ○キの...)



実はこのとき、メニューの中に
“ホットケーキ”があった

ホットケーキは、
以前働いていたファミレスにあった

が、そもそも
そんなに出るものではない

それにホットケーキを置くことで、
それ用のバターやメイプルシロップなど
在庫も増える

なのでこのとき私は、
メニューから外すことを決めた


ある日、
ファッションモデルであり
俳優でもあるりょうさん似の
きれいななお母さんが、
4歳くらいの男の子と一緒に
来店してきたことがある

まだメニューを変える前のことだった

メニューを見ながら、

「ホットケーキください」

と、ホットケーキを注文

おそらく、
子どもと食べるためだろう


それから1か月くらい経っていただろうか

再び親子がやってきた

「ホットケーキください」

と、メニューも見ずにお母さん

が、実はこのとき、
すでにメニューから
ホットケーキを外していた

従業員は、

「え? 佐藤さん、
 ホットケーキ(メニューに)ないですよ」

と驚いたが、

「いいの、いいの。あのお母さん、
 いつもホットケーキ頼むの」

私はそう言って、
まだあった在庫から作って提供した


それから2か月ほど経った頃、
あのお母さんと男の子が来店

私の頭の中で、

『マズい...、
 もうホットケーキないんだよな』

と、焦る


「ホットケーキください」


『やっぱりホットケーキ頼むよね...』

もう在庫もない

メニューに載せていないのだから
もちろん発注もしていない


「すみません。
 ホットケーキやめちゃったんです」

「え...。
 (子どもの名前を呼んで)ホットケーキ、
 やめちゃったんだって。
 どうする? なににする?」

と、お母さんがメニューを開く――


心が痛んだ

きっと、
たまにここで食べるホットケーキを
楽しみにしていたんだ...


「メニューには載せていないですけど、
 ホットケーキ、用意しておきますね」

と、あのときなぜ言えなかったのか...


いや、言えば、

「このお店に来なきゃ」

と、変なプレッシャーを
与えてしまいそうな気もした――



あれから何年経っただろう...

20年...いや、30年...

まだ私は20代だった

が、
未だにあのときのことを思い出す

たぶん、人生で最大の後悔だ




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行き止まり

夢の8~9割は悪夢だ

きのうも嫌な夢を見た

今回は、病院(病棟)から
帰ることができなくなった夢

どこに行っても扉や壁に阻まれて
階下に下りられない

まるで迷路のようだ

看護師さんは数名いるのだが、
私だけが別の世界に飛び込んだ感覚だ


この数年、
このような夢をたまに見る

今回は病院だったが、
デパートやホテルのような
数階のビルという設定だ

デパートのような場所では、
やはり出口に辿り着けない

従業員が使用する、
バックヤードの階段に入り込み、
迷子になる

ホテルでは、
階上の会議室に行くはずが、
入った先はなぜかレストラン

そこを突っ切っていかなければ
上にはあがれない



最近見なくなった夢は、
なにかに追われる夢

この夢は、本当によく見ていた

トラのときもあった

殺人犯のような男性のこともあった

逃げ回るが、捕まったことはない

たぶん自分の脳の中で、
逃げ切れるように脚色しているのだろう


この10年、よく見ていたのは、
引っ越す夢

引っ越した先は、
アパートのような部屋

一軒家はたぶん、
見たことがないと思う

全面ガラス張りの
だだっ広い部屋もあったが、
ほとんどが荷物でごちゃごちゃとして
まだ片付いていないアパートの一室

お風呂場が汚いなど、
あまりいい環境ではない



家に帰りたくても
帰れない夢もよく見ていた

例えば、知らない土地

それは遠くではなく、
車で30分程度のところ

バスに乗って帰ろうと思っても、
なかなかバス停に辿り着けない

いくつも乗り損ねて、
結局、最終便も出てしまう

「母に迎えに来てもらおう」
「誰か車に乗せてくれる人は
 いないだろうか」

と、思うがそれも思うようにいかない

たぶん、
私が車の免許を持っていないので
こんな夢を見るのかもしれない


それとは逆に、
仕事に行けないときもある

なかなか化粧が進まず、
気づけば2時間ほどが経過

焦るが、身支度がまったく進まない

結局、夕方になる


長年、悩まされていたのは、
飲食店の夢

長い間、飲食店で働いていたことで
飲食店を辞めてもなお、
ずーっと見ていた夢だ

それは、新しいお店で働く夢

お客さんから注文を受けても、
聞いたことのない(実際に存在しない)、
メニュー名

覚えられもしなければ、
当然、厨房にも伝えられない

何度もオーダーを厨房に通そうとするが、
まったくできない

そんなことを繰り返し、
数十分が経過

お客さんを待たせるだけ待たせ、
私は焦る一方

私が厨房に入って料理を作っても、
カウンターで飲み物を作っても、
まったく先に進まないこともある

作っても作っても、空回り


目が覚めたとき、

「あぁ、またこの夢か...」

そう思うと同時に、

「夢でよかった...」

と、思うのだった

どれほど、この“外食産業”という職業に
囚われてきたのか...


思えば、今年の初夢も“火事の夢”と
あまり気持ちのいいものではなかった


  ☆そのときの記事は下記へ




『夢は、昼間の出来事を
 脳が整理する時間』

と、聞いたことがある

なんだか日々、
様々なことに追われているのだろうか――



朝の気温、-10.9℃

これくらいの気温だと楽だ

が、日中は-6℃と寒い日となった


そんな空には、彩雲――

2026/01/14 彩 雲 ①

水彩画のような、
この淡い色合いが好きだ


2026/01/14 彩 雲 ②


2026/01/14 彩 雲 ③


さ、あしたの朝は、-20℃らしい



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そこにはいつも、あなたがいて...

「酷だな...」

スマホの写真アプリを開くと、
同月同日の“想い出”として、
数年前の写真が勝手に上がってくる

「あぁ、懐かしい」

そう思うこともあれば、
振れたくない過去もある


今日出てきたのは、母の写真

2026/01/05 母と私 ①


母の腕に抱かれている乳飲み子

私だ...

10年前に、甲状腺がんの転移で
亡くなった母

この写真に見入っていると、
なんだか無性に会いたくなった

「お母さん...」


当然のことながら、
この当時の母の顔は知らない

写真で見ることしかできない

が、こうして残っていること――

ありがたい


なんとなく冷たい印象の白黒写真

少し色を付けてみた

2026/01/05 母と私 ①


なんだかぐっと現実的だ

肌の色が加わるだけで、
温もりを感じる

こうして母の腕に抱かれていたのか...

  このあと、
  あんなに叩かれるようになるのに...

今まであまりわからなかったが、
母は妹に似ているな


こうして見ていると、
なんだか切なくなってくる

泣けてくる...



*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜



午後7時頃、
東の空に少し欠けた黄金色の月

2026/01/05 月


今朝の気温、-18.4℃

あしたは21℃らしい


今日は小寒

本格的に極寒突入だ



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もうあの日は戻らない ~一年の最終日~

とうとうこの日が来たか――


年賀状を書かなくなって2年目

年末を迎えるという実感が湧かなかった

が、きのうから
一気に雰囲気は大晦日モード

たぶん、テレビ番組のせいだ


実家を出てから、
なんにもしなくなった大晦日

まぁ、それはそれで楽なのだが...


とりあえず、予約していたおせちで
それらしいことをしてみる

2025/12/31 おせち ③

2025/12/31 おせち ②

今年は、一人用のおせち

今まではBOSSが買ってくれていたが...

2025/12/31 おせち ①

5年間、毎年こんなに立派なおせちを
買ってくれていた

某老舗ホテルのこのおせち

おいしかったな...

「来年はどうしよう」と
今から考える


そしてデザートは、
年末恒例の――

2025/12/31 アイスクリーム

私にとっては、
ちょっと贅沢なアイスクリーム

このまま容器ごと、
スプーンをがっつり突っ込んでいただくのが
また贅沢なのだ


そして大晦日は、10年前、
甲状腺がんの転移で亡くなった母のことを
思い出す日でもある

理由は、この日は
朝からいつも一緒に料理をしていたから

母担当の、煮物類

焼き物や揚げ物、
お重の盛りつけは私の担当
(母より私のほうが
 料理が上手かった)

昔からずっと変わらない、
大晦日の光景だった

もうあの日は戻らない――


今年最後の月

2025/12/31 今年最後の月 ①


2025/12/31 今年最後の月 ②



さ、新しい1年へ――




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生活費

『来年4月から、
 水道料金13.40%、
 下水道料金3.61%引き上げます』――

このような内容のLINEが、
きのう市から送られてきた

2025/12/26 LINE

それにしても、随分な値上げだ


値上げの理由は、

『人口減少と物価高騰、
 施設や水道管の老朽化』

...と、まぁ、
誰もがわかっていることなのだが...


この街は広すぎる

人口の流出も止まらない

高齢化、少子化...
(これはどこも同じ)

家賃も高い

物価も高い

この街のアンバサダーをやっていながら
こう答えるのもなんだが、

「住みやすいか」

と聞かれたら、正直、難しい


まず、コロナの時期からの、
ここ5~6年の物価高騰に
歯止めがかからないこと
(これは全国的な問題だが)

北海道には欠かせない、
冬季間の暖房の灯油は
以前と比べると
今は3倍近くの価格になっている


水道代もこの街はもともと高く、
1か月、6,000円はかかる
(夏季・冬季変わらず)

電気代は、
 ・夏季  6,000円前後
 ・冬季 11,000円前後

ガス代(プロパン)
 ・夏季  6,000円前後
 ・冬季 10,000円前後

 ※すべて1か月分、私の場合


そして野菜も肉も魚も値上げ、値上げ...

魚に至っては、
以前は一切れ100円しなかった鮭が
(特売では68円で買えた)
今は軽く200円を超える

さばは半身300円

もう手が出ない


田舎地方は
流通コストが商品に上乗せされる分、
野菜も肉も魚も都会より高くなる

人口流出も
どんどん加速していくだろう

「私もこの街で一生を送れるか...」

と、少し考えはじめた


そんな街だが、
がん治療ができる病院があったことは
本当にありがたかった

「よくこんな田舎地方に、
 がん治療ができる病院があったな...」

と、今だからこそ、そう思う


「あなたの街の魅力はなんですか?」――

そう聞かれても、
すぐには答えられない

考えても出てこない


とりあえず、来年4月からの
上下水道の値上げか...

もう散々、電気やガスも
何度も上がってきたのにね――


  世知辛い世の中だな...


  今日、カレーを作った
2025/12/26 カレー
  調理師をやっていた
  職業柄なのかもしれないが、
  つい、原価計算しちゃうよね...




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りかこプロフィール

 
■2009年5月より
医療機関開催“がんサロン”発行による『がんサロン通信』にて、体験記・エッセイ執筆

■2010年9月
市広報にて体験記掲載

■2011年8月31日
乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍自費出版

■2012年1月21日
講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』

■2012年4月5日
FMオホーツク『乳がんについて』FPとの対談

■2012年4月
キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載

■2013年6月より
医療サイト『ドクターズガイド』、ブログ掲載

■2016年9月14日
フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送

■2020年3月
一般社団法人全国がん患者団体連合会『がん教育外部講師講座』修了(北海道教育委員会にがん教育外部講師として登録)

■2021年10月
『がん予防功労者表彰』(道・市・健康づくり財団・対がん協会4社共催)

■2023年5月
北海道がん患者連合会『がん教育講師派遣養成研修会』終了

■2025年10月
北海道医療ソーシャルワーカー協会主催『がんピアサポーター養成研修会』受講終了

■その他
講演、ピンクリボン運動、ピアサポーターとして活動中

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

■国家資格
1994年10月、調理師免許取得(食と健康を考える乳がん経験者)

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

■2024年より
子ども虐待防止『オレンジリボン運動』サポーター

■2024年10月
市民観光アンバサダー就任

乳がん履歴
■2002年3月3日(日)
 左乳房にしこりをみつける  

■2002年3月4日(月)
 視触診の結果“良性”と診断

■2006年11月8日(水)
 左乳房のしこり再受診  

■2006年11月15日(水)
 左乳房のしこり一部切除
  (外科的生検)

■2006年11月28日(火)
 乳がん告知      

■2007年1月11日(木)
 左乳がん手術

■2008年7月8日(火)
 局所再発の疑いで、
 細胞診・組織診(結果は良性)

■2009年2月17日(火)
 対側(右)乳がんの疑い
 (前年からしこりあり)経過観察

■2010年2月16日(火)
 右乳房細胞診(結果は良性)
手術・治療の経緯
■がん細胞の種類(しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)
  (化学療法・放射線が効かない稀ながん細胞)
 ・非浸潤性乳管がん

 ・核グレード 2
 ・ER  90%
 ・PgR 10%
 ・HER2(-)

■術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・乳房扇状部分切除(4分の1強切除)

■治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤、
  4週間毎、2年間(25回)投与
 ・抗エストロゲン剤(クエン酸タモキシフェン)、
  5年服用
その他の病歴
■2006年5月
 子宮筋腫(漿膜下筋腫)核出術(10㎝の開腹手術)
  ・10cmの筋腫  1個
  ・8cmの筋腫   1個
  ・2~3cmの筋腫 4個

■2023年7月18日
 ・臼蓋形成不全発覚(先天性)
 ・変形性股関節症に進行(両足)

■2024年10月
 骨粗鬆症判明
母の甲状腺がん(乳頭がん・転移性がん)
■2006年11月(私の乳がん告知の約2週間前)
 甲状腺がん告知

■2007年1月(私の乳がん手術の2週間後)
 甲状腺摘出手術・頸部リンパ節郭清

■2007年5月
 術後療法(RI治療・1回)
  通常2~3回の治療が必要なところ、
  1回の治療で身体の中にがんがないことが
  確認される

■2009年5月
 頸部再発
 (切除手術後、放射線治療を受ける)

■2012年5月
 肺転移確認

■2015年5月
 小脳転移確認

■2015年7月18日
 永眠

  ※遠隔転移後の治療法・治療薬なし
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≪2015年9月2日より、コメント欄を閉鎖させていただいております≫

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~~~~~~~~~~~~~~

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   © Rikako,2011

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